沿革

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西暦 内容
2003 11月 重藤さと美 技術職員退職
4月 重藤さと美 技術職員として勤務
1999 11月 宮崎美幸 技術職員退職
6月 九州歯科大学卒業の小野堅太郎 助手に就任
4月 宮崎美幸 技術職員として勤務
3月 平川輝行講師 九州保健福祉大学に教授として転出
3月 小池多賀子 技術職員退職
1998 11月 小池多賀子 技術職員として勤務
1994 9月 平川輝行講師 オーストラリアより帰国
8月 九州大学卒業の稲永清敏助教授(産業医科大学第1生理学講座) 第六代教授に就任
3月 中原敏教授定年退職
1993 10月 平川輝行講師 オーストラリア アデレード大学に留学
4月 本山増美 技術職員として勤務
4月 平川輝行助手 講師(学長辞令)に昇格
3月 亀山明美 技術職員退職
1992 11月 第43回西日本生理学会を口腔科学講座と共催
9月 本田栄子講師 アメリカ留学より帰国
9月 亀山明美 技術職員として勤務
8月 原中誠志 技術職員として勤務
8月 田上睦子 技術職員退職
4月 田上睦子 技術職員として勤務
3月 大西美紀 技術職員退職
1991 8月 平川輝行助手 国内留学終了
5月 平川輝行助手 京都大学高次脳形態学講座に国内留学
4月 大西美紀 技術職員として勤務
3月 江藤明身 技術職員退職
1990 10月 本田栄子講師 アメリカ モネル化学感覚研究所に留学
4月 江藤明身 技術職員として勤務
3月 後藤正子 技術職員退職
3月 田中智子 技術職員退職
1989 4月 田中智子 技術職員として勤務
1984 4月 京都大学卒業の平川輝行 助手に就任
1983 7月 大曲統司 助手退職
1982 8月 中村修一講師 助教授に昇格
1980 10月 第31回西日本生理学会を主催
7月 廖伯毅 助手退職
1979 7月 九州歯科大学大学院卒業の廖伯毅(台湾出身)助手に就任
1975 5月 中村修一助手 講師に昇格
5月 九州歯科大学卒業の大曲統司 助手に就任
1972 12月 中原敏助教授 第五代教授に昇格
8月 野代平治教授 病のためご逝去
1970 10月 第21回西日本生理学会を主催
1969 4月 九州歯科大学卒業の中村修一 助手に就任
1968 12月 中原敏講師 助教授に昇格
9月 野代平治助教授 第四代教授に昇格
4月 瀬尾愛三郎教授 定年退職
1966 5月 長崎大学卒業の本田栄子 助手に就任
4月 又吉達夫 助手退職
1965 12月 中原敏助手 講師に昇格
11月 第7回歯科基礎医学会総会開催 瀬尾愛三郎教授 会頭を務める。
4月 九州歯科大学卒業の又吉達夫 助手に就任
1961 10月 第12回西日本生理学会を主催
6月 学部棟竣工 生理学研究室移転
1958 6月 九州大学名誉教授瀬尾愛三郎 第三代教授に就任
1957 8月 野代平治講師 助教授に昇格
1956 7月 緒方大象教授 病のためご逝去
1955 4月 九州歯科大学卒業の中原敏 助手に就任
1954 11月 野代平治助手 講師に昇格
1953 10月 後藤正子 技術職員として勤務
1949 12月 長崎医科大学・九州大学名誉教授緒方大象 第二代教授に就任
9月 野代平治 助手に就任
4月 九州歯科大学に昇格
1948 3月 末永一男教授 久留米医科大学に転出
1947 3月 医科を廃科 福岡県立歯科医学専門学校と改称
1945 8月 第2次世界大戦終結
1944 10月 小倉市(現北九州市小倉北区)真鶴町に新築、移転
7月 生理学教室開設 初代教授に末永一男就任
4月 福岡県に移管 医科を併置 福岡県立医学歯学専門学校と改称
1921 7月 九州歯科医学専門学校に昇格 福岡市今泉に移転
1914 4月 私立九州歯科医学校 福岡市因幡町に開校
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